皆様、ご心配いただきありがとうございます。お返事できず すみません。
京都での生活もあるので、いったん家にもどり、目覚めたよ、という実家からの電話を待っています。
こんな時に更新だなんてと思われるかもしれないのですが、待つ時間というのは何をする気にもなれなくて、キーをたたけば、気も紛れるかなと・・
21日土曜日は、例の娘の舞台でした。
KBS京都放送の京都駅階段駆けあがり大会、オープニング太鼓演奏を勤め 私が曲紹介を。
15分間のオープニング太鼓、3曲演奏と短いMCだったけれど、とっても寒くて大変でした。
放送は3月7日、土曜日だそうです。(8日といいましたが間違いでした)
いつもなら、こういう舞台には実家の母に
「おば〜ちゃん、みにきて〜」と電話する娘が、なぜか今回は
「電話しなくていい、来なくていい」といったんです。何か感じていたのかな。
MCの中で、私は太鼓の音の癒しについて触れました。
「太鼓のドンドンという音は心臓の音に似ていて、生まれる前から聞いていた胎内音にも近く癒し効果があるんですよ。」と。
演奏後、即撤収と太鼓の搬送作業があり、みんなで昼食に出かけ、午後から子供たちはそれぞれの習い事に向かいました。
6時からのピップホップのレッスン中に電話が鳴り、義妹から
「お姉ちゃん!お義父さんが心臓止まって運ばれたし、心臓動いたけど
意識はないの、パパ(弟)が又電話するから」って
娘とすぐにレッスンを引き上げ、車で泣きじゃくる娘に、私は不思議と落ち着いて
「人間はそんなに簡単に死なないから大丈夫よ」
といったものの、家に入って旦那の顔を見たらどうしていいか分からなくなって
旦那は、冷静に電車の時間を調べてくれました。
そんな中、娘は、泣きながらも、黄色いフエルト布を切って縫い始めました。
お守りを作り始めたんです。
とりあえずの荷物を持って、とりあえず娘と二人で、京都駅で北陸方面に向かうサンダーバードに。
少し遅れてきたサンダーバードにいらいらしながらも、席に着くと娘は黙々とお守り作りの続きを始めました。ガタガタの文字だけど「おまもり」と刺繍も、元気になりそうな黄色いお守り、娘の好きな黄色です。
「中の紙、なんて書いてあるの?」「ひみつや、言うたら効かへんねん」
1時間のサンダーバードのなか、黄色いお守りしか見えませんでした。
駅には義妹がきてくれていて、すぐ病院へ、母はしっかりしていて、
普段別行動の二人がたまたま一緒にコタツに入ってて、発作が起きて
すぐに119番したこと、電話つないだまま心臓マッサージの指示を受けて
救急隊が来るまで続けたこと、今の様子などを話してくれました。
もし、母に太鼓を見に京都に来てもらっていたら、父は冷たくなっていたかもしれなかった。
集中治療室の父は、つらそうながら心臓はしっかり動いている様子。
機械の音でしか知る由もないけれど、きっと体の中では、娘が叩いた太鼓のように、ドンドンと動いていると思いたい。
集中治療室のため、小学生は入れなかった、娘はばあちゃんにお守りを託して、義妹と一緒に弟の家へ。いとこがいるから気も紛れると思ってそうしてもらった。
弟と私と母で、実家にいったん戻り、ひたすら待つ。
弟が自宅に帰り、母と二人、しゃべることもなく朝になって、
日曜日は、入院に必要なものを買いにいったり、伯父夫婦がおにぎりを持って来てくれて、そういえば何も食べてないと気づき、ひとつふたつ食べるうちに、話す気にもなってきた。
必要なものを持って再び病院へ、安定した様子で、いまにも
「おお〜なんや?」と起きそうだった。
許可をもらって、お守りを枕もとに置かせてもらった。担当の看護師さんが気を利かせて
「お孫さんへの入室許可も出しましょうね」と言ってくれた。
日曜夜も安定していて、どういう経過になるかもわからないし、京都での暮らしもあるし
弟夫婦や親戚みんなに託して京都に帰ることにした。
電車の時間ぎりぎりまで、娘と声をかけてきました。
「じいちゃん、早く起きてね〜」
黄色いお守りでさすったり、二人でじいちゃんの手をさすったり
だってじいちゃんには、まだまだ作ってほしいものがたくさんあるし。
今日も今のところ、安定しているとのこと。
娘が毎日、夜ピアノのレッスンをしています 「タウベルトの子守歌」
優しいメロディーで張りつめた気持がほっとする瞬間です。
弟と相談して、母には携帯を持たせました。
アナログ志向の母もようやく納得した。
「じいちゃんおきたよ〜」という電話を待っています。